「弘法にも筆の誤り」の意味とは?意味や使い方を解説!

「弘法にも筆の誤り」ということわざの意味を解説していきます。覚えておくと便利なことわざです。今回は「弘法にも筆の誤り」の意味や使い方、例文について解説していきます。  

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弘法にも筆の誤り

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「弘法にも筆の誤り」とは

失敗する時の例えとしてよく使われることわざですね。
しかしどうしてこのような言われ方をするようになったのか、由来はご存知でしょうか。

今回は「弘法にも筆の誤り」の意味や使い方、語源などをご紹介いたします。
ぜひ最後まで読んでいってくださいね。

「弘法にも筆の誤り」の意味とは?

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「弘法にも筆の誤り」の意味

弘法にも筆の誤り」とは「その道の名人や達人でも失敗することがある」という意味のことわざです。

「弘法」とは弘法大師、つまり「空海」のことです。
弘法大師は書の達人でしたので、天皇の命令を受けて応天門という場所に掲げる文字を書く大役を任せられました。
確かに立派な字を書くことができたのですが、「応」の字の点が一つ足りないことに周囲が気付き、書の達人である弘法大師でも失敗することがあるのだと驚いたそうです。
この逸話が元になり、「弘法にも筆の誤り」ということわざが生まれました。

類語としては「河童の川流れ」があります。
これも、泳ぎが得意なはずの河童でも、時には溺れてしまうことがあるという例えです。

名人や達人も人間ですから、長く続けていく間には油断することもあるでしょう。
どんな人でも100%成功することはありませんので、それを思うと一般人の私たちでも何となく勇気が出ますね。

「弘法にも筆の誤り」の使い方・例文

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最後に「弘法にも筆の誤り」を使った例文をご紹介いたします。

例文

  • 有名な舞台を見に行ったら、途中で大御所の俳優がセリフを忘れてしまう場面に遭遇した。
    まさに弘法にも筆の誤りというか、このようなこともあるのだなあ。
  • 弘法にも筆の誤りというのは、医者にもあるそうだ。

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